大英寺の歴史

起源

大英寺表門(長野県宝)大英寺表門(長野県宝)

皓月山大英寺は松代藩初代の藩主 真田信之公が、その奥方であった小松姫(大蓮院殿)の菩提を弔うために建立した寺です。
 小松姫の戒名は
「大蓮院殿英誉皓月大禅定尼」で、大英寺の名前もここからいただいております。
 元和8年(1622)、信之公は松城(松代)へ転封になり松城に大蓮院殿の寺を移しました。それが現在の大英寺となります。

ご本尊ご本尊 阿弥陀如来

完成した大英寺は常福寺の含霊大和尚にて開山されました。
明治維新の後は真田家の援助も領地も全てなくなってしまい、寺の維持が困難になってしまいましたが、いくつかの堂を取り壊し、真田家にお願いしてお霊屋を本堂にし、残りの材で裏庫を造りました。 
大英寺は、江戸時代初期からの歴史が境内の所々にみられる浄土宗の由緒ある寺です。

小松姫 幼名は於子亥(おねい) 小松殿(こまつどの) 稲姫(いなひめ)

小松姫の肖像画小松姫の肖像画

小松姫は天正元年(1573)、本多忠勝の長女として生まれました。
 天正13年(1585)徳川家康の養女とし、真田昌幸の嫡子信之の正室として送り込まれました。
いわゆる政略結婚でしたが、夫婦仲は比較的に良かったとされています。
武者姿の肖像画が残るほど勇敢で、なおかつ美しい女性だったと伝わっています。

小松姫のお霊屋内陣の様子小松姫のお霊屋内陣の様子

晩年病気がちとなり元和6年(1620)に草津温泉に湯治に向う途中死去しました。
元和8年(1622)、信之が松代藩に転封になると小松姫の菩提を弔うために、現在の大英寺を建立させました。

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